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南海太郎 朝尊

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南海太郎朝尊(なんかいたろう ともたか/ちょうそん[注釈 1]、1806年(文化3年) – 1866年(慶応2年))は、日本の刀工。幕末期に京都や土佐を中心に活躍した刀工として知られています。号が南海太郎であり、本名は森岡友之助(友高)。

1806年(文化3年)、土佐国高岡郡黒岩村(高知県佐川町)に生まれました。父・森岡善右衛門は大鋸(おが、林業用の大のこぎり)鍛冶をしており、朝尊も当初は家業を継いでいました。しかし、刀剣に興味を持つようになり、自己流で短刀を造るなど作刀を行い中々の評判であったとされています。文政年間には刀工として転身する決意を固め、転身に反対していた妻とも離別した上で京都へ上りました。上洛後には伊賀守金道の後見役や公卿でありながら鍛刀に興じていた千種有功の相槌役など貴人などの交流も行っていました。また、1858年(安政5年)には土佐へ帰郷しており、黒岩村二ツ野鈴原で鍛刀を行い、二ツ野の森岡亦次郎(朝尊の甥、後に朝国と銘を切る)や佐川の古沢義正(土佐藩家老堀尾家家臣、通称八左衛門、後に南洋と名を改めています。古沢滋の父です)にその技法を伝えました。なお、鍛刀のために利用していた井戸は劔井(つるぎのい)と呼ばれており、工房の跡地と含めて佐川町の町指定史跡となっています。

朝尊は作刀のみならず刀剣研究にも熱心であり、『刀剣五行論』、『宝剣奇談』、『新刀銘集録』などの著書も残しています。また、江戸の水心子正秀が唱えた復古刀論に同調して、復古鍛錬法の教授のために諸国を廻り多くの門人を輩出した教育家としての側面を持っています。刀剣理論に基づいた刀工の教育者としての名声は江戸の水心子正秀と比較されて東西の双璧とも称されていました。晩年には山城国幡枝(京都市左京区岩倉)に寓居し、作刀の傍ら剣術を教えており自ら「気心流」という流派を立ち上げて開祖を称していました。1866年(慶応2年)には京都にて61歳で没しました。

初銘は友尊、朝高であり、後に朝尊、朝尊造 、山城国西陣住朝尊、土佐国住人権守朝尊 、森岡朝尊作 、山城国幡枝寓朝尊などの銘があります。朝尊は優れた理論家であった一方、実際の作品はその通りにはなっておらず、刀剣研究家の常石英明によれば、同時代の水心子正秀や源清麿の作品と比べると相当劣るともいわれています。


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