買取品目掛軸 日本画
富岡 鉄斎
- 1837年
- 京都(三条通新町東)法衣商十一屋伝兵衛富岡維叙の次男として生まれる。
- 1852年
- 15歳頃から大国隆正に国学や勤王思想を、岩垣月洲らに漢学、陽明学、詩文などを学ぶ。出家後の大田垣蓮月尼が少年であった鉄斎を侍童として育て、人格形成に大きな影響を与える。
- 1855年
- 18歳頃に、女流歌人大田垣蓮月尼に預けられ薫陶を受ける。翌年、南北合派の窪田雪鷹、大角南耕に絵の手ほどきを受け、南画を小田海僊に、大和絵を浮田一蕙に学んだ。
- 1861年
- 長崎に遊学し、長崎南画派の祖門鉄翁、木下逸雲・小曽根乾堂らの指導を受けた。
- 1862年
- 山中静逸と出会いをきっかけに、画業で生計を立て始めた。この頃私塾を開設。藤本鉄石・板倉槐堂・江馬天江・松本奎堂・平野国臣らと交遊した。
- 1874年
- 松浦武四郎との交流から北海道を旅し、アイヌの風俗を題材にした代表作「旧蝦夷風俗図」を描いている。
- 1893年
- 京都市美術学校で教員に就任し、明治37年(1904年)まで修身を教える。
- 1909年
- 吐血して胃潰瘍と診断される。胃潰瘍を病んだ後は食事にも工夫をこらし、それまでは鰻と蕎麦、小芋を好み、調理も辛みの煮付けを好んだとされるが、70歳以降は熱粥を常食とした。
- 1924年
- 大晦日、持病であった胆石症が悪化。京都の自宅にて没する。享年89。
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