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買取品目絵画 版画

長谷川 潔

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1891年
銀行家であった長谷川一彦の長男として神奈川県横浜市に生まれた。裕福な家庭に育ち、小学生の頃より父から論語の素読や書、日本画などを教わる。
1910年
麻布中学校を卒業した後、葵橋洋画研究所で黒田清輝から素描を、本郷洋画研究所で岡田三郎助、藤島武二から油彩を学ぶ。また、バーナード・リーチからはエッチング技法の指導を受けている。
1913年
文芸同人誌『仮面』に参加、表紙や口絵を木版画で製作する。日夏耿之介や堀口大學の本の装幀なども担当した。
1918年
版画技術の習得の為フランスへ渡航。翌年の4月4日にパリに到着するが、静養のため10月から南フランスに約三年間滞在。その間、版画技法の研鑽を積む。
1923年
サロン・ドートンヌ等のサロンや展覧会に作品を出品。
1925年
初の版画の個展を開き、高い評価を得る。翌年にはサロン・ドートンヌ版画部の会員となり、パリ画壇で確固たる地位を築いた。
1939年
第二次世界大戦が勃発すると、長谷川の生活は一変する。フランス在住の多くの画家が帰国してしまう中、長谷川はフランスに留まるが、パリを離れることを余儀なくされる。その為サルト県にある斎藤豊作邸に疎開、その後もボルドー、ビアリッツなどを転々とする。一時パリに戻り製作を続けるが、経済的にも健康面でも苦しい日々を送った。
1945年
パリ中央監獄、ドランシー収容所に収監されるも、知人の助力もあり約一ヶ月後に解放される。
1966年
フランス文化勲章を受章。現代日本美術展で特賞を受賞。
1967年
勲三等瑞宝章を授与される。
1980年
12月13日、パリの自宅で老衰のため没。89歳。渡仏してから一度も日本へ帰ることはなかった。

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